『家族写真』等の作品で知られる荻原浩さんの最新作です。喪失を経験した主人公たちの短編集となっています。
『海の見える理髪店』の作品情報
題名 | 『海の見える理髪店』 |
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著者 | 荻原浩(おぎわらひろし) |
発行所 | 株式会社集英社 |
発行日 | 2019年7月31日 |
ページ数 | 234頁 |
荻原浩・作者情報
1956(昭和31)年、埼玉県生れ。成城大学経済学部卒。広告制作会社勤務を経て、フリーのコピーライターに。1997(平成9)年『オロロ畑でつかまえて』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2005年『明日の記憶』で山本周五郎賞を、2014年『二千七百の夏と冬』で山田風太郎賞受賞を、2016年『海の見える理髪店』で直木三十五賞を受賞。著作に『ハードボイルド・エッグ』『神様からひと言』『僕たちの戦争』『さよならバースディ』『あの日にドライブ』『押入れのちよ』『四度目の氷河期』『愛しの座敷わらし』『ちょいな人々』『オイアウエ漂流記』『砂の王国』『月の上の観覧車』『誰にも書ける一冊の本』『幸せになる百通りの方法』『家族写真』『冷蔵庫を抱きしめて』『金魚姫』『ギブ・ミー・ア・チャンス』など多数。
https://www.shinchosha.co.jp/writer/1065/
あらすじ(ネタバレなし)
海辺の小さな町で細々と営業している理髪店は、中年の男が一人で切り盛りしていた。ある日、その理髪店にひとりの若者が訪れた。若者の髪を切りながら、店主は自分の人生について語り始める。
大切なものを失くしたところから始まるストーリーを収録した短編集です。第155回直木賞受賞。
書き出し紹介
ここに店を移して十五年になります。なぜこんなところに、とみなさんおっしゃいますが、私は気に入っておりまして。
ストーリー(ネタバレあり)
この先、ネタバレがあります。ご注意ください。ネタバレ部分は赤字で表記します。
海の見える理髪店
海辺の小さな町に、高齢の店主が一人で切り盛りする理髪店があった。店主の腕の良さは、ネット等で評判になっており、遠くから髪を切りに来る客もいた。その日も、ひとりの青年が理髪店を訪れた。
店主は、高齢ながらもしっかりしており、几帳面な様子がにじみ出ているようだった。そんな店主が、青年を椅子に座らせ、髪を切る準備を整えるなり『ここに店を移して十五年になります。』と語り始めたのだった。それからは止まらなかった。青年の髪を切りながら、店主は自分の人生について語りだした。
店主の生まれは東京で、祖父の代から床屋をやっている一家に生まれた。そのためか、幼い頃から理髪店の手伝いをして育った。やっとお客さんの髪を切ることを許してもらえるようになった頃父親が死に、店は店主の手一人に任されることになった。その状況に焦り、必死に特訓を繰り返していた。その頃、石原慎太郎さんがブームになり、『慎太郎刈り』と呼ばれる髪型が流行した。すると、近所で一番慎太郎刈りが上手いと話題になり、理髪店は繁盛した。
店が軌道に乗ってきた頃、店主は店を手伝いに来ていた遠い親戚の女と結婚した。女とは軽い気持ちで結婚したが、よく尽くしてくれていた。しかし、ビートルズ等が流行りだすと、床屋の経営は傾き始めた。そうなると私生活も傾き始めるもので、酒を飲みすぎて妻に暴力をふるったり暴言を吐くようになっていった。そして、ついに妻とは離婚をすることになっていしまった。
そこから、店を変えようと一念発起した。店をホテルのロビーのように造り変え、名のある店から腕の立つ従業員を引き抜いたのだった。読みはあたり、店は繁盛し、芸能人の客も来るほどになった。そして銀座に二号店を持つことになった。その翌年、銀座の小料理屋で働いていた女を口説き続けて、ついに結婚し、子供も生まれた。しかし、銀座への出店は失敗で、店主はまた酒に逃げるようになり、酒を飲みたいがために別の女を作ってしまったのだった。
そんな頃、長く店を支え、本店を任せていた男が独立したいと言い出し、店主と口論になった。その際に、カッとなり、ヘアアイロンで男の頭を殴ってしまったのだ。男は亡くなり、店主は服役を余儀なくされた。服役中に妻とは離婚をした。妻は拒否したが、今後妻や息子が『人殺しの妻』や『人殺しの息子』と言われることに耐えられなかったのだ。刑務所では、理髪係をやっており、受刑者の髪を切っていた。そこで、やはり自分にはこの職しかないと気づき、刑務所を出るとこの店を開いたのだった。
全てを話し終えると、店主は青年の頭の後ろの縫い傷を見て言った。『その傷はね、ブランコから落ちた時のものですよ。河川敷の公園のブランコです。』と言った。そして、『お母様はご健在ですか。』と尋ねた。そんな店主に、青年は結婚が決まったことを報告した。
まとめ・感想
全く予想できない最後の展開に、驚かされました。赤の他人だと思っていた青年が、店主の話に出てきた息子だったのです。それまでの展開では全く感じさせないながらも、後から考えると話の節々に伏線が引かれており、荻原浩さんの物語展開の緻密さを感じました。
本作は、短編集となっていますが、どの話も喪失をもとにした少し悲しい物語でありながら、読み終えるとホッとするような心温まる話となっています。短編集で、一話完結の物語となっているため、スキマ時間の読書にもおすすめです。
お付き合いありがとうございました。