可愛らしい表紙から、手に取ってみたくなる作品です。スタジオジブリの近藤勝也氏が装画を手がけており、優しい色使いと子供たちの表情が印象的です。
なかなか日常生活では、知ることのできない児童養護施設で暮らす子供たちの生活を描いています。一見暗い物語だと思われがちですが、読み終えた後は、子どもたちの姿から勇気をもらうことのできる作品です。
『世界地図の下書き』の作品情報
題名 | 『世界地図の下書き』 |
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著者 | 朝井リョウ |
発行所 | 株式会社集英社 |
発行日 | 2016年7月31日 |
ページ数 | 368頁 |
朝井リョウ・作者情報
1989(平成元)年、岐阜県生れ。早稲田大学文化構想学部卒業。2009年『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。2011年『チア男子!!』で高校生が選ぶ天竜文学賞、2013年『何者』で直木賞、 2014年『世界地図の下書き』で坪田譲治文学賞を受賞。ほかの著書に『もういちど生まれる』『スペードの3』『武道館』『世にも奇妙な君物語』『死にがいを求めて生きているの』などがある。
https://www.shinchosha.co.jp/writer/4436/
あらすじ(ネタバレなし)
交通事故で親を失い、児童養護施設に預けられた太輔は、施設のみんなの優しい対応に段々と心を癒されていく。しかし、そんな明るく見える子どもたちにも、それぞれ抱えている背景や、今後の不安があるのだった。本物の家族のように生活する子供たちの絆は強く、互いを助け合って生きていく。
登場人物紹介
- 太輔:事故で両親を失い、児童養護施設に預けられている。
- 佐緒里:児童養護施設の同じチームにいる高校生。子供達のお姉さん的存在。
- 美保子:母からの虐待を受け、児童養護施設に預けられているが、母のことが大好き。大人っぽい女の子。
- 淳也:太輔と同じ年の男の子。児童養護施設には兄妹で預けられている。
- 麻利:淳也の妹。はつらつとした性格で、友達も多い。
書き出し紹介
トイレに行きたい。だけど、トイレがどこにあるのかがわからない。
ストーリー(ネタバレあり)
この先、ネタバレがあります。ご注意ください。ネタバレ部分は赤字で表記します。
児童養護施設で暮らしている子供達は、皆何かしらの理由があって、親と暮らすことができず、施設で暮らしていた。太輔もそれは同じで、両親を事故で失い、その後伯父の家に引き取られたが、伯父からの虐待にあい、施設に預けられることになった。
初めのうち施設での暮らしに馴染めなかった太輔だったが、一緒に暮らす仲間のおかげもあり、だんだんと打ち解けて行った。中でも佐緒里は、太輔に親身になってくれ、よく一緒に遊んでいた。施設のそばで行われるお祭りで「願い飛ばし」というものがあり、家族で1つのランタンに願い事を書き、夜空に飛ばすという行事があった。太輔は、両親と住んでいた頃から「願いとばし」に憧れを持っており、施設に入ってからも願いとばしをしたいと願っていたが、なかなか実現できないうちに、費用等の関係から、願いとばしは行われなくなってしまった。
願いとばしができなくなり、落ち込む太輔のために、施設のみんなで、先生にばれないようにこっそり花火をやったりもした。そのくらいみんなの絆は強かった。
それから3年が経った。変わらず施設で暮らす彼らの仲は良く、楽しく毎日を過ごしていた。しかし、彼らを取り巻く環境は、少しずつ変わり始めていた。
小学4年生になり、学級委員を務めるようになった麻利だったが、学級委員だからと、宿題を2回やっていたり、他人の分まで運動会の旗を持たされていたりと、違和感のある出来事が起きていく。麻利本人は強がり、「学級委員の仕事だから仕方ない。学校は楽しい。」と言うが、淳也を始め、施設で暮らすみんなは、麻利が学校でいじめられているのではないかと疑い始める。
高校3年生になり、学校や施設からの卒業を控えた佐緒里には夢があり、4年制の東京にある大学を目指していた。成績優秀だった佐緒里は、模試でもA判定を取っており春からは東京の大学に通うのだろうとみんなが思っていた。佐緒里が大好きだった太輔は少しもやもやした思いを抱えながらも、佐緒里のことを応援していた。
そんなある日、物語は大きく動いた。その日は雨だったが、麻利は学校の友達と遊びに行くと言っており、前からずっと楽しみにしていた。しかし、夜になっても麻利は帰って来ず、心配した淳也が遊びに行くと言っていた友達の家に電話をかけてみると、ずっと前に麻利は帰ったと言われた。急いで麻利を探しに行くと、麻利は靴を履かない状態でずぶぬれで歩いていた。話を聞くと、麻利は「友達に靴が欲しいと言われ、その友達のことが好きだったからあげた。」と言っていたが、段々とその友達は麻利をいじめている子達から指示され、麻利の靴が欲しいと言わされていることが分かった。
麻利が靴を取られてしまったその日、佐緒里は部屋から出てこなかった。その日佐緒里は親戚と会っており、「金銭的に余裕がないから、大学進学はさせられず、親戚のもとで働くように。」と告げられたのだった。夢をあきらめざるをえず、ふさぎ込む佐緒里を前に、太輔たちは、施設を卒業していってしまう佐緒里に何かしてあげられないかと考えた。そして、「願い飛ばし」を復活させようと決めた。
それからの彼らは大忙しだった。町に働きかけても復活は実現しないと悟った彼らは、自分たちの手で「願い飛ばし」を復活させようと誓い、小学校の「6年生を送る会」で「願い飛ばし」を行うことを決めた。学級委員をやっていた麻利と美保子のおかげもあり、なんっとかその計画は実現されることになった。しかし、街の協力なしで「願い飛ばし」を行うため、飛ばすランタン等も自分たちで作る必要があった。彼らは、徹夜をしながらもなんとか全員分を作りあげ、当日に間に合わせた。
ランタンが飛ぶ様子を、佐緒里も含めみんなで眺めていると、自然と明るいとは言えない未来も捨てたもんじゃないと思えてきた。そして、今後の生活へ希望を抱くことが出来るようになっていた。
まとめ・感想
朝井リョウさんの他作品に比べ、主人公が幼い作品となっています。高校生や大学生のリアルな心情表現が作風の朝井リョウさんですが、心に傷を抱える子どもたちの繊細な心情表現や、行動を実話のように感じられ、驚かされました。児童養護施設に関する作品だと知り、暗い作品なのではないかと思い、読み進めましたが、暗いだけでない施設の子どもの実際や、子どもたちの無邪気さを知ることができ、心を動かされました。
なかなか普段の生活では知ることのできない、児童養護施設の子どもたちの実態がを知ることのできる貴重な作品だと感じました。また、定番のハッピーエンドではありませんが、心温まる作品となっているため、暗い作品は読みたくないという方にもおすすめの1冊です。
装画は、スタジオジブリの近藤勝也さんが手がけており、絵も楽しむことのできるため、是非一度手に取ってみてください。
お付き合いありがとうございました。