文芸・現代

『星やどりの声』のあらすじと感想|ネタバレあり

喫茶『星やどり』を経営する一家の物語です。切なさの中に、家族の絆や温かさを感じられる作品となっています。

『星やどりの声』の作品情報

題名『星やどりの声』
著者朝井リョウ
発行所株式会社KADOKAWA
発行日2014年6月25日
ページ数317頁

朝井リョウ・作者情報

1989(平成元)年、岐阜県生れ。早稲田大学文化構想学部卒業。2009年『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。2011年『チア男子!!』で高校生が選ぶ天竜文学賞、2013年『何者』で直木賞、 2014年『世界地図の下書き』で坪田譲治文学賞を受賞。ほかの著書に『もういちど生まれる』『スペードの3』『武道館』『世にも奇妙な君物語』『死にがいを求めて生きているの』などがある。
https://www.shinchosha.co.jp/writer/4436/

あらすじ(ネタバレなし)

父を亡くし、母と兄妹6人で暮らす早坂家の様子を描いた作品です。優しく大きな存在であった父の死をきっかけに、それぞれの心に残った悲しみや不安を、父の死から年月が経った今、段々と消化していきます。家族の大切さや温かさを感じる作品です。

登場人物紹介

  • 星則(ほしのり):早坂家の父。建築士をつとめながら喫茶店を運営していたが、癌で亡くなった。
  • 律子(りつこ):早坂家の母。父亡きあと、喫茶店を一人で切り盛りしている。
  • 琴美(ことみ):早坂家の長女。結婚しているが、兄弟たちの面倒を見るためによく実家にいる。
  • 光彦(みつひこ):早坂家の長男。就職活動真っただ中で、苦戦している。家庭教師をしている。
  • 小春(こはる):早坂家の二女。活発な性格で学校でも目立っている。年上の彼氏がいる。
  • るり:早坂家の三女。小春とは双子で、顔も似ているが、るりは大人しくまじめな性格。
  • 凌馬(りょうま):早坂家の二男。元気な性格で、テニス部に所属している。
  • 真歩(まほ):早坂家の三男。小学生にして、とても大人びている。カメラをいつも持ち歩いている。

書き出し紹介

まっしろな牛乳は糸を引くように体の中を巡る。寝返りをうつたびにばらばらになってしまった体内のパーツを正しい位置に戻しながら、指先にまで冷たい白は染みわたっていく。

ストーリー(ネタバレあり)

この先、ネタバレがあります。ご注意ください。ネタバレ部分は赤字で表記します。

長男 光彦

6人家族の長男である光彦は、大学四年の7月である今も、就職先が決まらず、毎日のように就職活動をしている。光彦は大学で、大きなテニスサークルの会計をしていた。その友達は今も練習に参加したり、毎日のように飲み会をしている。それを見ると羨ましいような妬ましいような気持ちで一杯になる。

そんな光彦は、家庭教師のアルバイトをしていた。家庭教師先の子供であるあおいは頭が良く、光彦は必要ないように思われた。もともと、亡くなった光彦の父がその家のリフォームを行なったことで知り合い、雇われているのだった。

ある日、ついに光彦は自らの不安で、自分に自信が持てない思いをあおいに打ち明ける。あおいはそんな光彦を優しく受け止め、認めてくれたのだった。そして、あおいにも抱える不安や苦しみがあることを知った。

三男 真歩

三男の真歩は、まだ小学生だったが、とても大人びていて、あまり感情を出さない子供だった。父親が亡くなってから、真歩は毎日父親のカメラを持って出かけていた。

学校でもあまり他の子と関わろうとしない真歩だったが、ある日突然転校してきたハヤシという少年に気に入られてしまう。ハヤシは真歩と仲良くしたがり、文集委員を一緒に務めることが決まってしまった。文集委員では、まず文集に乗せる写真を撮りに行くことが決まり、真歩とハヤシは真歩のカメラで町の写真を撮って回った。

真歩の母が経営する店『星やどり』に行ったり、一緒に写真を現像しに行ったりと、真歩とハヤシはどんどんと距離を縮めていき、ある時真歩は父が死んでからずっと心にあった不安や悲しみを打ち明けた。家族にさえ打ち明けなかった胸の内を話したことは大きく、真歩はハヤシを信頼していた。

そんなハヤシがある日から学校に来なくなった。話を聞くと、ハヤシの家は借金を抱えていて、逃げるように居場所を転々としているとのことだった。仕方なく真歩1人で、ハヤシと撮った写真をとりにいくと、ハヤシが『星やどり』でビーフシチューを食べ、美味しそうに笑っている写真を見つけた。

その写真から、ビーフシチューが大好きで、いつも笑っていた父の影を見つけ、真歩の心のつかえが少しだけほぐれるのを感じた。

二女 小春

次女の小春は、見た目も華やかで、学校でも同じように目立つ子たちと仲良くしていた。活発な性格で、誰とでも打ち解ける小春には、2つ年上の彼氏がいた。高校の先輩だった彼氏の祐介は、私立の音大に通い、ストリートミュージシャンをしていた。

そんな祐介とはよく遊んでおり、その日も一緒に出かけていた。しかし、父の命日である12日には、毎月小春は墓参りに行っていた。その日も父の命日で、祐介に送ってもらって霊園に行こうとしていた途中、喫茶店を臨時休業した母がファミレスに男の人といるところを目撃してしまった。それを見てから小春の胸はざわつき、やっと家に帰り着いたのは深夜だった。

帰りの遅い小春を心配して起きていた母に、つい今日母を目撃したことを伝え、責めてしまった。母はされは小春が思っているのとは全く違い、目的があって会っていたのだといった。

二男 凌馬

高校生の凌馬は、元気な性格で友達も多かった。そんな凉馬は、テニス部の活動の後、友達と母の経営する喫茶店に行くのが恒例だった。しかし、小春と母が言い争っているのを聞いてから、凉馬は母に嫌悪感を抱いていた。

そして、母の作ったお弁当をたべることさえ嫌になってしまう。そんなある日、凉馬は同級生で兄の家庭教師先の子供であるあおいがお弁当を持ってこないのを心配し、あおいの分までお弁当を作って行った。一緒にお弁当を食べる中で、あおいに諭され、凉馬は母に対するわだかまりが少しだけ溶けるのを感じた。

三女 るり

三女のるりは、小春とは双子であるが、性格は正反対である。真面目なるりと派手で目立つ小春。元の見た目はそっくりで、母でさえ間違えることもあった2人が変わったのは、絶対に2人のことを見間違えることのなかった父が、病床で2人のことを見間違えた時だった。

それから、小春は化粧をし、髪型を変え、小春とるりは正反対の双子と言われるようになった。ある日、学校に行く途中で、イヤフォンを自転車に絡ませてしまったるりは、学校は休みがちだが、陸上部で優秀なユリカに助けられ、仲良くなる。ユリカは煙草を吸い、常に安定剤を飲んでいることをかっこよく思うような不思議な子で、るりはそんなユリカが嫌いだった。

しかし、ある日母のお店を訪れたユリカは、自分の不安等の身の上話を始め、るりや小春との仲を縮めたのだった。

長女 琴美
早坂家の長女琴美は、しっかり者で喫茶店経営で忙しい母の代わりのような役目を果たしていた。兄妹らが、父の命日に母が別の男の人と会っていたことで、母に不信感を抱く中、琴美はその真相に気づいていた。母の経営する喫茶店は、ずっと土地代を払えておらず、そのことで喫茶店の土地の地主と話をしていたのだ。

琴美からそれを知った兄妹らは、母と、喫茶店を作った父のためにも、経営を立て直そうと奔走する。兄妹がそれぞれの特技を生かし、行ったお店の運営は、意外にも上手く行き、お店は活気を取り戻すかのように見えた。

しかし、琴美だけはそのことを喜びきれずにいた。実は、琴美は妊娠し、今後も早坂家の母の役割を果たし、喫茶店の手伝いも続けることは難しいと考えていたのだった。

そんなある日、母は兄妹6人を店に呼び出した。そして、喫茶店『星やどり』の名前の由来と、喫茶店にある星型の天窓の意味を教えてくれたのだった。『星やどり』の意味は、父である星則(ほしのり)、母律子(りつこ)、琴美、光彦、小春、るり、凉馬、真歩をしりとりでつなぐと、また父である星則に戻るという家族の輪を表していたのだった。そして、父が亡くなり、星則がいなくなっても、家族の輪がなくならないようにと『星やどり』という名前をつけていたのだ。さらに、父がどうしても作りたかった天窓は、父が天国に行っても、天窓から家族のことを覗けるようにと作ったものだったのだ。

それを知っていた母は、子供達がある程度大きくなり、心配なく過ごしていることを父が分かるまでは、喫茶店を続けようと決めていたのだった。しかし、琴美が妊娠し、ついに早坂家の長女ではなく、新たな子供の母となることを知り、もう『星やどり』や天窓の役目は終わったと考え、お店を閉めることを決意した。

そして、琴美は、『星やどり』の代わりに、生まれてくる子供を星成(ほしなり)と名付け、家族の輪を再構成することを誓ったのだった。

まとめ・感想

母と6人兄妹で暮らす早坂家の様子を、兄妹それぞれの視点から描いた作品です。一見、父の死を乗り越え、明るく楽しく生活しているように見える兄妹や母が、それぞれの視点から描かれることにより、人知れず悲しみや不安を感じていることが分かります。人には辛さを見せず、強気に生きていこうとする兄妹の様子にリアルな人間味を感じました。

作品中では、父はもう亡くなっており、父の生きる姿は描かれませんが、兄妹それぞれの気持ちや周りの早坂家への気持ちから、父の人間性や優しさを感じることができます。作品中、もどかしさや挫折も感じますが、最終話の長女琴美視点の話で、家族の新しく明るい未来が描かれ、明るい気持ちで読み終えることのできる作品です。

お付き合いありがとうございました。

ABOUT ME
いけだ
読書家。現役女子大生。物心ついた頃から、本を読んで育つ。 本の読みすぎから、小学生時点で漢字の読みだけは高校生レベルを誇った。 活字は基本的に何でも読むが、中でも小説に目がない。本選びは、タイトルと書き出しを見て、直感的に行う。 無計画に書店をうろつき、本を眺めるのが至福の時。最近、小説をまとめ買いできるようになって、大人を感じている。
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